知育玩具について

おもちゃも使いよう

おもちゃも時に使い方をきちんと定めれば、子供に豊かな感性をもたらしてくれます。大人も同じ、おもちゃを利用すればまだ見たことない未知なる世界へと誘ってくれるという、一歩足を踏み入れたら戻れなくなりそうな発言的な意味合いだが、それはそれとしてもだ。大人のことよりやはり子供から見たおもちゃについて考えてみたい。玩具も基本的に現在の在り方は古代の子どもたちによりその定義と概念が見定められたわけですから、彼らが楽しく遊べる道具として見るのが至極正しいわけだ。

また使いみちによっては子供にとって有意義な生育を伸ばしたり、知育にもなる道具が開発されています。特に幼児期の子供にとって遊びは非常に重要なものであると考える見方が近代期に提唱され、1831年には世界最初の幼稚園が創設されたほど。今では義務教育の一環として通園することが当たり前になっているほどに、その在り方は世界中で受け入れられています。筆者的にはこの頃から幼稚園ですら窮屈で度々親を困らせていたのかもしれない。それこそ脱走して家に、今まで1人で帰ったこともないのに帰ったという偉業を成し遂げたからだ。その分、周囲の人々に相当迷惑をかけたらしいが。

そうした幼少期の子供が使用する道具については、『知育玩具』と呼ばれています。

ボードゲーム大特集

知育玩具について

知育玩具という言葉に馴染みがない人も多いでしょう、例としてはどんなものがあるかというと一番わかり易いのが『積み木』です。心の育成にこれ以上ないほどわかりやすいものはないとまで言われるものですが、他にはおはじきやお手玉、ボール遊びなども全てに意味があった。確かに子供ながらに積み木で遊ぶというのは面白いと感じていたかもしれない、逆に言えば大人になってからもいざ積み木をすると子供の頃と同じくらいに、個人的には楽しんだりすることもある。何も購入してというわけではないが、積み上げてギリギリの境界線で倒れないさまにはゾクゾクするものがある。こう言うと片付けられない人といった感じになりそうだが、創造性の如何については見方次第だ。

大人はともかく、子供にとって自分の心の赴くままに玩具を利用して感受性を育む時期として非常に重要な頃となっているので、とりわけその必要性も大きい。

普通のおもちゃとどう違うか

知育玩具といっても見た目は普通に市販されているものとさほど変わりない、そういったものが取り扱われていたりする。冷静に考えてみると普通の、いわゆるただのおもちゃと呼ばれているものと、知育玩具との違いはあるのかという話題にも触れる。結果論から言えば、『大した違いはない』というのが本当のところだ。

また平たく言ってしまえば、知育玩具をわざわざ買わずとも日常生活における家庭内のあらゆる行為が『幼児期の子供にとっては全てが学習材料』となっている。そのため知育玩具があれば子供の情操教育を豊かにできるわけではない、あくまで成長を手助けするための道具と見た方が良いのだ。補助的なものと見ればさほど重要性を重んじることもなく、また多量に買い与える必要もなくなります。結局のところは子供の成長は親との触れ合いだけでなく、玩具を介しての触れ合いこそが一番大事なのです。

玩具とおもちゃの在り方

おもちゃないし玩具は子供が遊ぶもの、そう見る分には問題ない。ですが子供が遊んでいる時にじっと横から眺めつつ、どうすればこうなるのか、どうやったら完成できるのか、一緒に考えられるのも親と子を繋ぐ、玩具の利点だ。ただ子供のためとみるのではなく、親子としての関係を保つために解する媒体と見なすのがいいのではないか。

ただ一瞥するのではなく、子供がどんな世界で何を好んでいるのか、何を楽しんでいるのかなどを知ることも出来る。おもちゃとはそういうものだ。そしてその在り方がアナログからデジタルへと切り替わっているだけで、さほど大きな違いは生まれてはいないのです。

日本モノポリー協会