見面白さ、目白押しだった90年代の玩具

90年代の玩具事情

筆者にとって一番『玩具』というイメージが付くのは90年代からだ。とはいえ、父の玩具嫌いと教育論などが相まって玩具との接触は極力認められなかったものの、ある程度寛容にはなっていた。ただ筆者自身のものを持ち始めるまでには至らず、あくまで兄弟で共有という意味。これが何を意味しているのか言わなくても分かるだろうし、明言する気もない。逆に言えばこれが喧嘩を生んだり、果ては諍いをもたらした原因にもなったりしたものだと思う。

まだ小さかったからという事もあったかもしれないが、それだけ筆者にとっても子供の頃に唯一楽しめるものとして与えられたのが、ファミコンだった。家で遊べる玩具といえば、自然とこれしかなかったのです。それ以外は買ってもらえず、あくまで兄が使っているものを使えというだけであって、新品に買ってくれることもなくだ。つまらないと感じもしたが、そこまで悲観的になることもなかった。今にしてみれば、親から見てもどうせすぐ飽きるのが目に見えていたからなのかもしれません。実際、熱しにくく冷めやすい筆者にとってその判断は親に対して『グッジョブ!』と、成長してから思わなくもなかった。

80年代に登場したファミコン、それについで任天堂の勢いは止まらず、この頃に発売された玩具の中で有名ドコロといえばゲームであり、徐々にそういった方向へシフトしていきます。

ボードゲーム大特集

一番顕著な玩具といえば

スーパーファミコンの存在

90年代を代表する玩具といえば、なんといっても『スーパーファミコン』の存在は外せない。次世代型のゲーム機としてやはりこちらも大ヒットを記録し、スーファミから誕生した名作も次々と生まれていった。筆者の中では子供ながらにプレイしていたのが、FF5とDQ5の二作を思い出す。思えばどちらも5作目なのだが、別に意味合いはない。ただ自分が欲しいと思った作品を誕生日に買ってもらい、そうしていたらという感じだった。

世の中でもゲームは大々的に人気を高めていきましたが、こうなると父が黙っていない。まぁ筆者たちにも責任はあったわけだが、あまりに熱中しすぎるが故にブチ切れてスーファミを目の前で破壊されたことがあった。その時は悲しいを通り越して絶望したものだ。だが冷静になって考えるとよく壊したもんだと今は思ってしまう。何しろスーファミも購入するとなれば、当時は25,000円という決して安いとは言えない値段で販売されていたからだ。おそらく破壊した後、父と母は思わず『壊さず隠せばよかったかもしれない……』と後悔したのだろう。

それくらい当時の子どもたちにとってスーファミで遊ぶは一種のステータスであり、遊んだことがなければならないといった風潮すらあったものだ。ある意味、プレイしていないと友達が作れないといった印象すらあったとも言える。

プレイステーションの登場

任天堂が圧倒的なゲーム人気を開拓する一方で、ソニーが創りだした新世代のゲーム機が1994年に登場します。『プレイステーション』だ、その初代がこの頃になってようやくその姿を表します。現在はPS4まで生まれ、おまけに近年では誰もが夢見たVRゲームがプレイできるまでに進化しているので、進化速度が半端ないことになっている。

それでも当時開発されたプレイステーションは、それまでになかった3DCGを利用したムービーを取り入れたゲーム作品など、まさしく時期訪れるであろうゲームの在り方に改革をもたらしたと言っても良い存在感を秘めていた。

筆者がプレイステーションを初めてプレイしたのは、発売されてからかなり時間が経った頃なのを覚えている。その頃には父も煩く言わなくなった、というよりは諦めの境地に至ったと見ていいかもしれない。より最新のゲームをして楽しもうという際にはプレイステーションが選ばれていましたが、それとは違った方向で人気を博したゲーム機を開発したのは他でもない先駆者である任天堂だった。

NINTENDO64の存在

プレイステーションが登場してから2年後、同じく3Dゲーム対応に開発されて発売されたのが『NINTENDO64』だ。こちらのゲーム機では3Dポリゴンが用いられ、当時のゲーム機として高い演算能力を有していたことから広く愛されるようになる。筆者たちの位置付けとしてはPSと64では、

PS:より最新のゲームを1人でじっくりと楽しむ

NIN64:3Dポリゴンの対戦ゲームを、大人数でプレイして白熱する

といった風に見られていた。友人宅に訪れた際、64があれば必ずマリオシリーズをプレイして遊ぶというのが習慣になっていたので懐かしい記憶だ。そう考えれば、きちんと住み分けされていたとも考えられます。

90年代には

バブル経済が崩壊し、日本経済が停滞期に差し掛かっていた頃ではありましたが、玩具市場についてはここぞとばかりに隆盛を極めていた時代であったとも言える。ファミコンもそうですが、他にもミニ四駆やたれぱんだといった玩具が流行り、果ては電子ロボットペットの『AIBO』がヒットするという時代でもあった。

当時は不景気だった、というには定価で25万円のAIBOが受注生産ながら完売するといった盛況ぶりを見せたことも踏まえると、お金があるところにはあったという感想が思わず飛び出てしまいます。

日本モノポリー協会