誰もが欲しくなった80年代の玩具

ある意味では

筆者にしてもだが、大半の人がここからある意味歴史は始まったと認識している人が多いのではないでしょうか。玩具に疎い筆者でも、1980年代に登場・継続して販売しているものを見れば懐かしく思えてくる。世代よりも少し前に当たるため、その当時の状況を詳しく知っているわけではなく、また自分のために親が買ってくれたという経緯もない。思えばまともに自分で玩具を買い始めたのはいつごろなのかと思案すると、金銭管理が出来る中学生からか。それまで自分のものをまともに自分で購入することがなかったが、それでもブームに乗り遅れること無く、乗っかるようにはしていた。

1980年代に発表された玩具といえば何かというと、これは確実に触れていなければならない物がある。それを中心に大ヒットを飛ばした玩具を見ていこう。

ボードゲーム大特集

80年代に発売された玩具

ゲーム&ウォッチの存在

1980年、まさにこの年に誕生したゲームといえば『ゲーム&ウォッチ』が挙げられます。端的に言ってしまえば、これが無くては『任天堂そのものが無かった』と言ってもいいほどの代物なのだ。そこまでスケールのでかい話になるのはどうしてかというと、このゲームはおよそ開発部長が思いつきで出たアイディアで、たまたま社長の迎えをするために運転手を代行することとなり、たまたま迎えをした後にシャープとの交渉があったことで出来たのが、このゲーム&ウォッチだというのだ。

ものすごい偶然が重なって出来たわけだが、開発当初はまさか自分たちの命運を左右するものになるとは夢にも思わなかったと当事者たちは話しています。開発起因となったのは、新幹線内で暇つぶしとばかりに電卓をいじっているサラリーマンを目撃し、手軽に電車内で遊べるものなんてどうかというものだった。ただ思いついただけなので売れるはずもないと見なしていたが、筆者にすればまさにそれこそ多くの人が求めていた玩具の在り方といえる。

発売当初はサラリーマン世代をターゲットにしていたが、小学生などの子供世代に広く人気を集めたことから使用を変更、国内で1,000万台もの売上を記録したのだ。さらに日本だけでなく、国外でもおよそ4,000万台という爆発的メガヒットを記録し、当初任天堂が抱えていた70億円もの借金を完済した上に40億円という黒字を出すまでになったのです。この黒字があったからこそ、後に生み出される任天堂の名機・名作たちが生誕したというから、面白い話だ。

凄いを通り越して、まさかといった見方が適切かもしれません。

繋がっていく

ゲーム&ウォッチが発売されたことでゲーム事業へと本格的に乗り出した任天堂、そこで同年代に創りだしたのが『ファミリーコンピューター』だ。いわゆる初代ファミコンのことで、辛うじて筆者も実物でゲームをプレイしたことがある。このファミコンから『マリオブラザーズ』や『ドンキーコング』、『ポパイ』といった名作が次々生まれて行くと同時に、任天堂を代表する看板作品としての地位を確固たるものへと仕立てあげていったのだった。

ゲーム&ウォッチが原点

ファミコンのヒットに続けて、80年代終盤に発表されたゲーム機がある。こちらも後に大ヒット作品が次々生みだしていく『ゲームボーイ』が登場した。今の携帯ゲーム機の特徴として、『軽くて持ち運びがしやすく、大容量の記憶容量がウリ』となっているのに対して、当時発売されたゲームボーイはその真逆を行っている、つまりは当時の最先端を歩んでいたのです。今機の登場により携帯ゲーム市場は開拓され、後に生まれてくる様々な携帯ゲーム機のパイオニアとして崇められるようになっていくのです。

玩具としての真価

ゲーム機であるファミコンなどを玩具と呼称するのかと疑問に感じる人もいるでしょう。なのでもっと原始的でよりわかりやすい形を形成した玩具で流行ったものはないかと調べてみると、ルービックキューブがあげられる。ゲーム&ウォッチと同じ年に登場した立体型のパズルで、全面の色をいかに素早く統一できるかを考えさせられるパズル形式のキューブだ。面白い、というよりはいかにして解けるかといった見方が適切でしょう。何気にやりこみ要素も高く、頭の回転やパズル解きが得意な人たちにすればいとも簡単に解けてしまうのではないか。

厳密に言えば玩具と呼べるのかはさておき、パズルの真骨頂とも言えるルービックキューブは現在も広く世界中で愛されており、いかに早く統一できるかを速さで競う大会すら開催されているほどに人気だ。パズルが苦手な筆者にしてみれば、見るのも勘弁したい玩具だったりする。

擬似的なアレを体感

1980年、この1年の間にもう一つの空前たる大ヒットを記録した玩具があります。その頃には徐々に国民的にアニメへと駆け上がろうとしていたドラえもん、劇中に登場するキャラクターをモチーフにして製作された『ドンジャラ』が発売されたのもこの頃だ。遊び方はリアルの麻雀によく似ており、実際に賭け事などはしないで純粋に揃えていくことを楽しみにしたものになっています。なのでルールが少しばかり複雑なのが難点で、筆者も一度友人宅でやったことはあるが、こういう玩具や遊びはトコトン相性が良くないことを自覚させられたものだ。

擬似的に麻雀を楽しめるとはいえ、子供でも気軽に楽しめる事から遊び道具としてでなく、将来的に雀士を生み出そうとする動きすらあったのかもしれない。

ここから多様化していく

1980年代の玩具という在り方は歴史的に見れば、変革期に当たると言って良いかもしれない。これまで注目されてこなかった、デジタル機器を用いたファミコンなどが主流となっていったことも相まって玩具として楽しむことにも変化が生じてきます。

筆者もゲームはしていたが、これに対して一番の反発を示していたのが他でもない、父親だったりする。ある意味90年代の一番こうした遊びたがりな時代に登場したゲームに対して、教育上良くないと言われたこともあった。今となっては懐かしい思い出であり、冷静に考えると凄いことをしていたもんだとしみじみとしてしまう。

日本モノポリー協会